もう切るわ 井上荒野

もう切るわ (光文社文庫)

もう切るわ (光文社文庫)

かつて、ハードカバーの単行本を読んだときの記憶とちょっと違う……。
私はラストにしびれて、その後井上荒野作品を読むようになったのだけど、違うような気がする。「もう切るわ」の使い方が違ったような。。
と思ってご丁寧にハードカバー版を再確認したらば、完璧私の記憶違いだった。

歳さんという中年男の「妻」と「愛人」の目線で交互に語られる。
妻は妻で担当編集者の西口と関係がある。
愛人の若い女の子は婚約破棄して職場を辞めて雑貨屋に勤めていて歳さんに出会う。
歳さんは、ズバリ女性問題で仕事を辞めてそれから妻の親の残した家と財産、そして妻の銅版画家としての稼ぎがあるからこそ、占い師をしながら、自由気ままに生活している。
そんな男が外に女つくっていいのかよ! とまず突っ込みたくなりますね。
とかく江國さんと比較される作家ではあると思うけど江國さんよりも少しだけ現実的でクールというかドライな感じで容赦ない……という感じ。
ところどころドキッとしてしまう表現もあり、油断できないし。

ただ、私にとってこの歳さんという男の魅力がわからない。
ホスピスでトランプ占いに興じる姿などから、人気が出るのもわかるし、人間的に楽しい、知り合いにいたらうれしい存在ではあるだろうけど、「夫」や「恋人」としてはどうだろう?
この場合、どちらに対してもけっして心を開いていないような。
つかみ所がないというか、それが魅力なのかしら。
妻も自分に問うていた「なぜあの時別れなかったのだろう?」と、そして自分は夫を愛しているのか?とも。
いわゆる愛人である葉は、読んでいてかわいそうだな、と思った。
たぶん、婚約破棄して先のことなんてどうでもいいやと感じてる時期に歳さんと出会って、恋愛することで、何かから逃げているように私にはみえた。
私はそれを自覚していればそれでいいと思う。
そして気を紛らわす術としてはいいけれど、その関係が、自分のプラスにはけっしてならないということを。

結局、「愛」が介在してようがしてまいが、死ぬときなどのような現実的な手続きが生じるような出来事が起こった場合に妻と愛人の差が出るんだなあと。
というか、やはり外の女=愛人は現実の生活には入り込めないんだと。
この歳さんは、まったく別の対象として考えているようにみえるから。
現実ってこんなものなのかもしれないってことなのかな。
夫が死ななきゃ不倫相手への自分の気持ちがわからないこの「妻」の心持ちは、制度に縛られているというか、古い? 良くわかんないけど。

それにしても、井上荒野の書く小説の主人公の女性は、冷めてるというか、冷静すぎるなあ。

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エリコ > 「愛が介在してようがしてまいが存在する差」というのが、わたしの思った「結局は夫婦の絆」ってことだったんですよね…。絆っていうと美しすぎてしまうかもしれないけど、歳さんと妻の家での会話のひとつひとつに、「好きかどうかわからないけど馴染んでしまうし不快でない」という空気がにじんでいて、それを棄てる気がまるでないのに外に恋人がいるのが、すごく嫌でした。わたしは葉よりも西口がかわいそうだったなあ。歳さんは葉を大好きだったけど、妻にとって西口は当て馬みたいに思えたから。 (2004/12/03 22:05)
ふりすか > ほ〜、なるほど。<絆
しがらみって感じかも。
歳さんのスタンスはある意味わかりやすいのかな。
妻はね〜、ラストであんなこと言ってるけど、時間が経てばまたおんなじように悩んじゃいそうだし。
ほんとに西口を好きなのかって、また自問自答しそうだよ……。 (2004/12/04 13:34)